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2010.01.18    カテゴリ:  日々の泡立ち・・・ 

   小林繁と江川卓


政治と金の問題で・・・

世間の猜疑の目を一身に集める民主党小沢幹事長。


政治資金規正法に則って処理しており・・・

何ら疚しいことはしていない!


でも・・・世間は認めない。



嘗て、そんなふうに世間の猜疑を一身に集めたのが

江川卓だった。


日本プロ野球機構の定める規約に則っており、

何ら疚しいことはしていません!







でも・・・世間の目はそう見なかった。



ドラフト制度の規約に於ける縫い目の綻び! とも云える

空白の一日という空隙を縫って・・・



読売巨人軍と契約を交わし、

それ以後・・・プロ野球界のダーティ・ヒーローとして

一世を風靡した男。


1978年ドラフト会議の2日前に帰国し、ドラフト会議前日に巨人と電撃契約した(空白の一日事件)。セントラル・リーグ事務局は即時にこの契約を無効として江川の選手登録を却下したが、それに抗議した巨人はドラフト会議をボイコットした。ドラフト会議では巨人の抜け駆け契約に抗議する形で南海ホークス、近鉄バファローズ、ロッテオリオンズ、阪神タイガースの4球団が江川を1位指名し、阪神タイガースが江川との交渉権を獲得。巨人は、全12球団が出席していないドラフト会議は無効であると主張して、江川の阪神の交渉権を認めなかった。なお、日本プロ野球において3回ドラフト1位指名を受けたのは江川だけである。この問題はこじれにこじれたが、最終的に金子鋭コミッショナーの「強い要望」により1979年1月にドラフトで指名した阪神に入団した上で、小林繁投手を相手とする交換トレードで巨人に移籍することとなった。この事件により江川は一躍悪役に祭り上げられ、マスコミは大挙して江川を批判すると同時に、小林を悲劇のヒーローとして報道した(江川事件)。この経緯から、「エガワる」(周囲をかえりみず強引に自分の意見を押し通すこと)という言葉が流行語にまでなった。
(ウイキペディアより抜粋)









そして、その空隙の犠牲として・・・


組織に於ける捨て駒! としての責務を全うし、


己の美学を貫き通した男こそ、


細腕のヒーロー!! 小林繁投手だった。


1978年11月に起きた『江川事件』(『空白の一日』の言葉で知られる)の犠牲となる形で、1979年2月に江川卓との交換トレードで阪神タイガースに移籍(詳細は当該項を参照のこと)。移籍1年目は22勝で最多勝利、2度目の沢村賞を獲得。特に古巣・巨人に対しては8勝0敗の成績で神がかり的な強さを発揮し、巨人キラーとして活躍、セーフティバントを狙って左打席に立つなど気迫を見せた。また、巨人時代の1976年から現役最終年となる1983年まで8年連続で2桁勝利を記録した。

1982年オフ、突然「来年15勝できなければ野球をやめる」と宣言。翌1983年は13勝と2桁勝利を挙げるが宣言に届かず、また、肩の故障で思うような投球ができないとして、31歳にして現役を引退した。同年6月25日の中日ドラゴンズ戦(阪神甲子園球場)において、9回二死の場面で大島康徳に投じたシンカーを同点2ラン本塁打され、これが引退を決意させる。「今まで抑えてきた球を打たれ衰えを感じた」という。
(ウイキペディアより抜粋)



サイド・スローの独特の構えから球を繰り出す・・・その投法は、


孤高を貫く美しさに・・・満ちていた。




そう・・・まるで、絶頂期に自身のバンドTHE JAMを解散させたあのポール・ウェラーのように。

ポール・ウェラー(Paul Weller、本名John William Weller、1958年5月25日-)はイギリスのミュージシャン。


60年代初頭のムーブメント「モッズ」に大きな影響を受けており、その精神:流行に左右されず自分にとってクールなものを追求する姿勢が彼のバックボーンとなっている。その一貫した姿は世代を超えて多くのアーティストに影響を与え、「モッド・ファーザー」と呼ばれるなど多大な尊敬を集めている。
(ウイキペディアより抜粋)







江川卓と小林繁。

この二人は・・・奇妙な因縁で結ばれていた。











夢を貫くために、世間を敵に廻した男と・・・





その夢のために・・・与えられた境遇の中で精一杯、己を貫く男。



僕は、どちらも美しいと思うのだ。





己を信じ・・・



己と戦い・・・




己を全うした男として、




きっと・・・


このふたりにしか共有しえない、“人生”という名の“百八つの縫い目”が、




二人の間には常に片時も離れず・・・



存在したのだろうと思うから。




The Jam - Going Underground

江川&小林 因縁の二人"和解の酒"













只、それだけで・・・






人生は美しい。





小林繁さん・・・







謹んでご冥福をお祈りいたします。


・・・


egawakobayashi kizakura

The Jam- Town Called Malice







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