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2012.03.22    カテゴリ:  ロックンロールの素敵な魔法 

   清志郎なら、震災以降、どう考えどう行動しただろう・・・


ツイッターを眺めていたら、こんな呟きに出会う。


“例えれば、ドーム級の大会場でコンサートをして数十万の単位でアルバムを売る日本のロック・スターが震災復興の遅れ、派遣村、シャッター商店街などについて真正面から扱う歌を、自民党他の政治家や読売や産経からの猛烈なバッシングにもひるまずに歌う。それがスプリングスティーンのやっていること。”








ラブソングを唄うアーティストはごまんといるけれど、その裏側に潜む人間の業と真正面から向き合い、そこに普遍的な生命力を宿せるアーティストは意外と少ない。
それを実践できたアーティストが1人だけ存在する。そう。清志郎だ。

被災地を歌で励ますアーティストはごまんと存在するのに、震災の復興を妨げている核心と真正面から向き合い自らの表現を以ってその欺瞞を射抜くことができるアーティストが、何故この国には存在しないのだろう・・・

清志郎なら、どのように考えどのように行動したか。紛れも無く我が国のロックのスタンダードを確立した稀有な存在だったことに改めて気付く。







“その後何年も経ってから、清志郎が立派なことと正面対決しなくてはならない時が来た。それは、反核・反原発を歌った『COVERS』が発売中止になった時だ。僕は、発売を中止した企業の立派な論理や、世間の立派な良識に対して清志郎がどう対抗するのかがとても気になった。闘うために、清志郎も立派なメッセージや理論で武装して同じ土俵に上がるのだろうか。でも、そうではなかった。この中止を受けて次にリリースされたRCのライヴ盤で、清志郎はこう歌ったのだ。《軽薄なジャーナリズムにのるくらいなら/軽薄なヒロイズムに踊らされるくらいなら/そんな目にあうくらいなら あの発電所の中で眠りたい》(“軽薄なジャーナリスト)
あの発電所、とは原子力発電所のことだ。その中で眠りたい、とだけ清志郎は歌ったのだ。
清志郎は少しも変わらなかった。そして絶対に変わらないのだろうとその時思った。
ステレオの前に座らなくても、iPodに入れなくても、清志郎の歌がいつでも僕の体の中に溶け込んでいるのは、たぶん清志郎が立派なことばかり考えているような人間になり下がらずに、それでも怯むことなく遠慮ない不敵さで歌ってくれるからなのだろう。権力も権威もまとわない無力な裸の人間_として、いつでもこの世界に立ち向かっていくための歌を歌ってくれるからだろう。

ROCKIN'ON JAPAN総編集長 山崎洋一郎”

ROCKIN'ON JAPAN特別号 『忌野清志郎 1951-2009』あとがきより抜粋。



TMネットワークプリプリの再結成を素直に喜ぶべきなのだろうけど、どうしてこのタイミングなのか?震災復興ですか?もしそうならば、復活の必然を自らの表現行為によって示して欲しかった。それでこそ誠実の証だと思うから。

海の向こうにはスプリングスティーンと云う成熟したロックのスタンダードが存在する。でも我が国には未だにスタンダードすら確立されていない。すこしだけ寂しい。

東電や政府やマスコミの欺瞞と裏切りを何故真正面から射抜こうとしないのか。
僕は不思議でならない。









相変わらず、俺、ひねくれてますねっ。

あんた最悪ですよっ!!


ええ・・・その通りなんですけど。(笑)










読売新聞朝刊糸井重里へのインタビュー記事が掲載されていた。

“「大きすぎる夢はなかなか実現できないし、継続していくのも難しい。僕らが苦しくならずに進められるものでなければならないと思っていましたから」

自分の発言が「自己表現」に陥ってはならない、との思いもあったという。「いいことを考えた、うまい表現が見つかったと思うと、それで満足して、見えなくなるものがある」

被災地への支援物資提供では、支援者が家電を送る際、自分の住所氏名、電話番号を記すようにしたのだ。すると、送られる家電の「質」が担保され、さらには、受け取った側が送った側に「お礼」をするなどして、交流が生まれていく。他人事にしない。懸命に想像し、被災者の心に自分の心を添わせようとすることは本当に大切だ。
「でも・・・」。糸井さんは言う。「想像できた、と思わないことも大切です」







個人では些細なこと、たった一人の役に立つようなことしかできないかもしれない。けれど、思い浮かべよう。その一人がさらに別の誰かを支え、どんどん輪が広がる様子を。

震災後、自分は何もできないと感じ、茫然とした人もいるだろう。「でもそれは『何かしたい』と思ったということ。『しない』と思ったのではなくて。いつか縁があって被災地から『呼ばれ』たらその時、自分ができることをすればいい」”



読売新聞朝刊2012年(平成24年)3月21日(水)
「できること」問い続けて 
糸井重里さんと被災地 沈黙の中から言葉を聞く
より抜粋。






そう。


一人ひとりが個として自立し、


互いが互いの欠落を補完し支えあう。




それが絆。












自分に何が出来るかを考えることで、個と個が繋がる。



そこから未来が産声を上げる。






Bruce Springsteen - Hungry Heart

軽薄なジャーナリスト Fukushima Daiichi Nuclear

浜田省吾 僕と彼女と週末に (PV)

NEWEST MODEL "こたつ内紛争"

Newest Model 1991.12.15. 雑種天国

SOUL FLOWER MONONOKE SUMMIT 96.11 TV

ソウル・フラワー・ユニオン - 風の市













清志郎は日本で唯一無二のロッカーですね。
「社会」なんて聞こえのいい言葉ですが、本当のところは権力者の都合のよい世界というもの。
だからロッカーは人の魂を唄うってことが使命と思うのです。

歌を忘れたカナリヤじゃないですが、使命を忘れたロッカーはただのポップアーチスト。
いえいえアーチストとは本来、世の中に警鐘を与えてこそアーチスト。

今、流行りの音楽にはそういうロック魂をきれいに忘れたいい子ちゃんばかり。
これじゃ音楽業界は廃れるよね。
愛と平和を歌うのがロックだ。
いつしか、誰もがロックと言えば、ジョン・レノンを真っ先に思い浮かべるようになった。
でもジョン・レノンにはもう一つの側面がありました。
それは自身の心に巣食う卑しい部分を正直に晒し、怒りと憎しみを肯定的なパワーへと変換する能力です。
実は、それこそがロックの本質。
怒りと憎しみの感情を肯定的なパワーに変換するために必要なのがウイットとユーモアです。悲しみを笑い飛ばすのも人間に与えられた浄化作用の一つ。
偉大なアーティストは皆、ウイットとユーモアのセンスに溢れていました。
浜田省吾の「 僕と彼女と週末に」という曲があります。
一見、普通のラブソングに聞こえますが、よく耳を研ぎ澄ませれば、その裏側に潜む人間の負の側面が見えてきます。そんな負の側面を、恋人同士の会話の中に滑り込ませることで、聴き手の潜在意識を刺激してみせる。
核や原発は人間の絶える事の無い欲望の象徴であると。
そんな刺激的なメッセージを含んでいるにも拘わらず、表面的にはとても美しいラヴソングとして成立してしまう。
それが彼自身のアーティストとしての矜持であると思います。
難しいテーマを難しいままに提示しても世の中には伝わらない。誤解と偏見を生み出すだけ。でも難しいテーマであっても、そこにウイットとユーモアを含ませることで判りやすく相手に伝えることができる。
それがポップスですよね。(笑)






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